AEA 2026(2026年米国経済学会)0日目,1日目
AEA(米国経済学会)の0日目,1日目の午前が終わった印象です. AEA以外のAssociationも含まれますが,ポスターをみて思った印象は,口頭(Oral)発表と比べてやはり質が落ち,コースワークを終えてトレーニング途中の学生の類が圧倒的というものでした.私自身も6年前AEAのポスターで発表させて頂いたのですが,その時は,比較的に新規性を求めたり,データや分析で優劣を追い求める傾向があったのですが,現在はさほど重要に思わなくなりました(もちろん商業的に世に出す場合は重要ですが). あとは,前段と連なりますが,問うべきことは何年経っても,そして(トピックによっては)さほど変わらない,という驚くべき事実(?)があることに気づいています.世界を見渡し,歴史を見渡すに,科学技術の発展は事実日進月歩であり,活用できるデータも,分析技術も進展していますが,問うべきことは変わっていないように思うのです.AEAのポスターでは如実に出ているように思いますが,採択可否については,何を問うているのか,何が動機(motivation)なのかということです.これは,口頭発表でも通底している事実であり,口頭発表の中でもネットワークにより採択されたり,グループ応募によって比較的流行りのもので採択されているものを除けば,センスが光るものも多くみられました(今回復活したLightningや特色あるグループ分け(例えば,"externalities"等)の組(セッション)は特にセンスがあったように思います.伝統的(conventional)な潮流にあるものは既に著名で権威ある母体出身の方々が占められている印象がある一方で,そのような色に染まりはじめる前の参加者は独自性や問うべきものが比較的ですが透き通っている(clear)印象があり,とてもよい感覚を抱きました. あとは,本末転倒でもありますが,やはり,多くの場合,思考の型が決まっているので,あまりこのような会にどっぷりつかる(penetrateされる)べきではないと思う次第です.今回はPhillyでしたが, 街まで時間をかけて空路を確保し,歩いている人々の一人として次の便を待ち,おなかが空いたら多くの人と同じように売店で食べ物を探し,限られた予算の中で,「あーお金がない」と漏らし,空気に霜が降りるさまを体感し,建国(町の礎をつ...